初期出会い系サイトの雰囲気

宮台真司さんの映画批評は、いつも軽いトランス状態へと導いてくれます。

それは表層の言語的な領域ではなく、深層の無意識的領域を鋭く刺激されるからなんだと思います。

映画『二重生活』に関する映画批評も、またいつも通りに素晴らしかった。

その中に、下記のような出会い系サイトに関する記述がありました。

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90年代に入るまで、出会い系サイトには援助交際がほとんど存在しなかった。
そこでは、「お金」ではなく「会話」だけが、セックス以外に享受可能な快楽でした。
そこでは互いの<なりすまし>ぶりが詳細に開示され、それゆえに<なりすまして>いる各自が謂わば許し合うことで癒されたのです。
80年代後半のそういった初期出会い系サイトの雰囲気は、今日ではどこにも全くありません。
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『会話だけが、セックス以外に享受可能な快楽』。。それって本当に素晴らしいですよね。

出会い系サイトの多数派はそのような人達であったという、そんな古き良き時代はもう絶対に戻ってこないのでしょう。

でも、少数だとはいえ、そのような出会いを望んでいる女性も間違いなく存在しているんですよ。

濃密な会話を快楽だと感じられ、それを深く共有することをまた快楽だと感じられるような女性に出会えた時、本当に嬉しく思えますし、人生が豊かになったように感じます。

そんな出会いがあるから、出会い系サイトを使うのを止めらないんですよね。

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